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シリーズ19 2015年7月発信
今だからこそ「平和」について考える。
6月23日は沖縄では「慰霊の日」として小中学校はもちろん幼稚園や保育園も休園となり、先の戦争で亡くなった方々の慰霊を行います。
ご存知のように沖縄は日本で唯一地上戦があった地で、県民の4人に一人が亡くなっています。もちろん軍人ではなく民間人としてです。そのような背景もあり、沖縄では「平和」を強く望み、2度と戦争のない国を作ろうと願う人がたくさんいます。
モンテッソーリ教育の究極の目的は「平和」です。無力の状態で誕生した人間が自立に向けて、もって生まれた自己教育力を環境に注ぐことによって自らの力で育って行く。自分で考え、正しい判断をし、実行する。そして、その実行したことに責任を持つ。モンテッソーリ教育を通して、このような「新しい人間」が育つことをモンテッソーリは確信しました。そして、「新しい人間」によって「平和」は達成されるわけです。
「平和」は政治やイデオロギーでは達成されない。
残念ながら、「平和」は政治やイデオロギーでは達成されません。これは教育によって、しかも出発点である乳幼児期の教育から始めなければならない一大課題です。
沖縄にはモンテッソーリ教育を実践する園が集まって共に学んでいこうという研究会、「沖縄モンテッソーリ教育を学び合う会」という組織が存在します。この会を立ち上げ、沖縄でのモンテッソーリ教育の普及に尽力されているのが名護市にある銀のすず保育園の園長先生である宮城幸先生です。
私は6月23日「慰霊の日」に、70年前のこの日、宮城幸先生は何をしていたんだろうなあ。さぞ大変だったんだろうなあと思いを馳せました。私は「沖縄モンテッソーリ教育を学び合う会」の立ち上げから、今からもう20年以上前になりますが、沖縄とつながっています。今では沖縄本島だけでなく、離島である宮古島や石垣島にも足を伸ばすことがあります。
この20年以上の沖縄の先生方との関わりの中で、「沖縄という地でこそ平和を考えることが大切であり、可能である」ことがわかりました。高齢の方のほとんどが身内を戦争で亡くしています。戦争の悲惨さを目の当たりにしておられます。
先月末、沖縄での講習会で宮城幸先生にお会いして先ほどの質問をしました。先生は言われました。
「6月23日は沖縄方面司令官であった牛島満中将が自決した日です。戦史としては確かにこの日が組織的な戦闘が終了した日として沖縄戦に終止符が打たれていますが、そんなことは民間人に周知されるわけもなく、この日以降も山中に潜んでいました。そして、この日以降も数多くの民間人がアメリカ兵の銃弾で命を落としていました。」
6月23日で終わったはずの沖縄での戦いの後にも数多くの、しかも民間人が命を落としているという事実は、いったん戦争が始まったら何が起こるのかはわからない。戦争に線引きなどできないということを私達に伝えています。
今が立ち上がるときなのでは・・・。
今、日本では安保法案が大きな問題となっています。安保法案そのものが憲法違反だという考え方がある一方で、合憲であると主張する学者もいます。いくつかの視点から、いくつかの考え方が存在することは当たり前のことです。どちらかを選ばなければならないときに、なるべく広い視野に立って、どの考え方が優先されるべきかの正しい判断が求められます。この広い視野は乳幼児期にさまざまな活動を行なうことで養われます。判断する力は自分で選ぶことを通して養われます。両者ともモンテッソーリの活動での核を占める要素です。
モンテッソーリ教育で育った子ども達は、成人になった時に今のような政治的な状況に際して必ずや正しい判断を下すことでしょう。そのために必要と思われる行動を取るでしょう。
翻って私達大人はどうでしょう? しかも、平和教育を標榜するモンテッソーリ教育に携わる者が、この国の方向が大きく変わるかもしれないこの時に何かしているでしょうか。
「どうせ何を言っても、何を行なっても変わらない。」 そういったあきらめムードが漂っていませんか? 選挙での投票率の低さもこのためです。これで本当にいいんでしょうか?
「平和」を目的とするモンテッソーリ教育がもっと広まって、世界が平和になるためには、これまで以上の私達大人の努力が必要です。
全世界で平和が脅かされています。各地で頻繁に起こるテロ事件。IS(イスラム国)の台頭などなど、社会不安が増大する現代です。教育を通して何とかより良い社会をという努力が全世界で行なわれています。しかし、どれも大きな効果はいまだに収めていません。前回シリーズ18回でも述べましたように既にある破綻している教育システムを改善しようとするだけでは変わらないからです。「教育システムの革命」が必要なのです。108年前にマリア・モンテッソーリはこの革命を開始しました。しかし、その革命はまだ達成されていません。私達はモンテッソーリの遺志を受け継いでこの革命を達成していかなければなりません。もちろん子ども達のために、子ども達が生きるこの社会のために。
革命は思うだけでは達成されません。行動が必要です。私達一人ひとりにできることが必ずあるはずです。「新しい人間」が育っていくためには、「新しい教師」、新しい大人が必要です。私達が新しい大人であることを示すときではないでしょうか。
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