R2年 小学生クラス説明会

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園長からのメッセージ

シリーズ16 2014年9月発信


2014モンテッソーリ・アジア東京大会が無事終了しました。

前回シリーズ15から長い時間が経ってしまいました。この間私は1年以上の長い時間を掛けて2014モンテッソーリ・アジア大会の準備をしてまいりました。そして、その大会が去る8月10、11、12日の3日間東京で開催され500名以上の参加を頂戴し、盛況の内に終了いたしました。

この大会のためには国内外の多くの皆様からご支援、ご協賛を頂戴いたしました。大会が成功裏に終了しましたのも皆様のこのお力のお陰です。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

大会には日本を含めて23カ国からの参加を頂戴しました。「21世紀型の教育の在り方 -モンテッソーリ教育は21世紀型の教育に有効か」をテーマとして23名の講師が専門性を生かした講演を行いました。

オープニングセレモニーでの
実行委員長としての松浦公紀の挨拶

今大会の成功の鍵は『モンテッソーリ教育』という固有名詞を持つ教育に対して文部科学省から後援をいただいたこと。これは画期的なことです。ある意味でモンテッソーリ教育が国から認められたといってもよいでしょう。そして、この文科省からの後援をいただくためにはこれまでの諸先輩方が107年前に始まったモンテッソーリ教育をアジアの東の端にある日本という島国においても継続し続けてきた努力があります。 この大会は唐突に開催されたわけではなく、こういったこれまでの数多くのモンテッソーリアンの努力の結晶として開催されたといってもよいでしょう。

また、世界最大のモンテッソーリ組織であるAMS(American Montessori Society アメリカモンテッソーリ協会)の会長であるジョイス・ピックリング博士の初来日による講演があったことも特筆すべきことです。ちなみにAMSはモンテッソーリ・アジア第1回からの協賛団体です。韓国や中国にはAMSの教員養成コースが存在します。この存在が韓国や中国でのモンテッソーリ教育の普及に大きく貢献しています。普及だけではなく、モンテッソーリ教育の実践の場の在り方や、教師としての姿勢に大きな影響を与えています。残念ながら日本にはまだこのAMSの教員養成コースは存在しません。この大会を機にぜひともAMSの教員養成コースを日本においても立ち上げる動きがでてきて欲しいと思います。


AMS会長ジョイス・ピックリング博士

AMS会長ジョイス・ピックリング博士AMSと双璧をなすもう一つのモンテッソーリ団体であるAMI(Association Montessori Internationale 国際モンテッソーリ協会)からはAMIのグローバル・リサーチ委員会の座長をお勤めのスティーブ・ヒューズ博士がいらしてくださいました。したがって大会にはAMSとAMIという世界の2大モンテッソーリ団体からそれぞれキーパーソンをお迎えすることができたわけです。

AMIのグローバル・リサーチ委員会座長スティーブ・ヒューズ博士

 不幸なことにアジアにはいまだに第2次世界大戦の不幸な歴史が厳然とあります。政治的には日本は中国や韓国とは非常に微妙な状況にあります。モンテッソーリ教育の究極の目的は『平和』です。そして、モンテッソーリは『平和と教育』という著書の中で、「平和は政治や、イデオロギーではなく、教育によってのみ達成することができる。」と述べています。また、同著の中で「誤った教育は、子どもを管理し、ひどい時は暴力的に押さえつけることによって、人間の心の奥深くに、エゴイズム、冷徹さ、極度の所有欲や権力欲、憎しみを植え付ける。」と主張しています。

 モンテッソーリ教育現場においては、自由なはずのモンテッソーリ教育がいつの間にか教師が子どもを管理する従来の教師中心型でモンテッソーリ教育がなされているところがまだまだあります。

 大会の3日間は平和な時間が流れました。政治でもなく、イデオロギーでもなくまさに教育をスローガンとした大会だったからです。モンテッソーリの主張が正しいことを肌で感じました。

レセプションでのアジア諸国の友人達との交流

 教育を通して「平和」を実現していくために私達大人に必要な姿勢は何でしょうか。私達は確実に正義感を持ち合わせています。そして、この正義によって平和が構築されると思っています。しかし、そこに問題となることがあります。私達は誰もが自分こそが正しいと確信していることです。個人間においても、集団においても、また、国家間の戦争や紛争においても対立する両者それぞれにそれぞれの正義があります。どちらかが絶対悪でどちらかが絶対善ということはありえません。別な言い方をするのであれば、私達は相手を断罪して自分の立場を正当化しようとします。

 私達が陥る過ちは、他者を回心させようとするときに(これは子どもに対してもです)自分の正義をもって相手を非難、叱責することによって返って相手を頑なにさせてしまうことです。自分の正義が唯一絶対だと思い込み、それを他者に押し付けようとすることは管理以外の何ものでもありません。ただ大上段に自分の正義を主張するところからは解決はもたらされません。なぜならば、多くの場合、力関係でどちらかが屈服させられる状況になるからです。この場合、正義は「力」です。力によって相手を自分の思うようにしたとしてもそこに残るのは屈服させられた者の憎しみや怒りです。そして、過ちはまた繰り返されることになります。これこそが、「誤った教育は、子どもを管理し、ひどい時は暴力的に押さえつけることによって、人間の心の奥深くに、エゴイズム、冷徹さ、極度の所有欲や権力欲、憎しみを植え付ける。」の意味です。現在のウクライナとロシアの関係を見ても、アラブのイスラム国を見ても、パレスチナとイスラエルの紛争を見ても力による正義の押し付けで残るのは確かに憎しみや恨みであり、それが更なる争いの原因になっているのがよく分かります。

 私達に必要な姿勢は決して力による支配や管理ではありません。異なった信条や価値観、正義感を持つ者を受け入れる姿勢です。残念ながら日本という地理的に島国で、ほとんど単一民族で構成されている中で生活しているとこの違いを受け入れる姿勢が育ちにくいのが事実です。派閥やグループが形成されがちで、自分達とは異なる派閥やグループを排除しようとします。

 グローバルな世界で生きていく子ども達にこそこの違いを受け入れる姿勢は必要であり、それは発達の第一段階である6歳までの経験に組み込まれなければなりません。

 モンテッソーリはモンテッソーリ教育を通して、「新しい人間」を形成すると言っています。この「新しい人間」とはことばを変えれば「違いを受け入れてグローバルに他者と協調していくことができる人間」でしょう。モンテッソーリ・アジア大会はこの目的のために開催しました。そして、モンテッソーリ教育現場はこのビジョンを持って運営されていくべきです。


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